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「領事手数料変更」

領事関係情報

2008年 1月                  
  在ジョホール・バル出張駐在官事務所

T.領事窓口受付時間および休館日
U.領事関係手数料
V.旅券
W.証明
X.各種届出
Y.在外選挙登録

T.領事窓口受付時間および休館日

1.当事務所の住所、電話番号等

    住所: Suite 15B, Menara Ansar,                      Tel: 07-221-7621 Fax: 07-221-7629
           No.65 Jalan Trus,                            (休日及び業務時間外の緊急連絡先は録音テープで案内されています。)
           80000 Johor Bahru, Johor

2.領事窓口受付時間

        月〜金曜日 午前 8:30〜12:00  午後 1:30〜4:00
        土・日曜日、祝祭日 休館

平成20年(2008年)休館日

在ジョホールバル出張駐在官事務所
1月 1日(火)   元旦
5 月19日(月)   仏誕祭
1月 2日(水)   年始休暇
9 月 1日(月)   独立記念日(振替)
1月 3日(木)   年始休暇
9 月 2日(火)※   ラマダン初日
1月10日(木)   回教暦新年
10 月 1日(水)   ラマダン明け祝日
2月 7日(木)   中国正月
10 月 2日(木)   ラマダン明け祝日
2月 8日(金)   中国正月
12 月 8日(月)   犠牲祭
3月20日(木)   モハメッド誕生日
12 月25日(木)   クリスマス休暇
4月 8日(火)※   ジョホール州スルタン誕生日
12 月29日(月)   回教暦新年
5月 1日(木)   メーデー
12 月30日(火)   年末休暇

 
12 月31日(水)   年末休暇
         
          ※ ジョホール州の祭日。
          合計19日間

U.領事関係手数料

 2008年4月1日より旅券・領事事務・査証手数料が下記のとおり変更になりますので、お知らせいたします(毎年1回、4月1日に改定されます)。  
  本手数料は、申請日が2008年4月1日以降の場合に「新料金」、2008年3月31日以前の場合に「旧料金」が適用されます。
  不明な点がありましたら、当館領事部(03-2140-2751)までお問い合わせください。


(1)旅券

   旅券の種類 新料金(RM) 旧料金(RM)
   10年旅券 470.00 500.00
   5年旅券 325.00 345.00
   5年旅券(12歳未満) 175.00 190.00
   渡航先追加 45.00 50.00
   記載事項の訂正 25.00 30.00
     査証欄の増補 75.00 80.00
   渡航書 75.00 80.00
(2)証明書

   証明書の種類 新料金(RM) 旧料金(RM)
   在留証明書 35.00 38.00
     出生・婚姻・死亡などの身分事項に関する証明 35.00 38.00
     証明又は印章の証明

     1)官公署に係るもの(公文書上の印章などの証明) 132.00 141.00
     2)その他 50.00 53.00
運転免許証の翻訳証明 62.00 66.00
翻訳証明 129.00 138.00
(3)査証


査証の種類 新料金(RM) 旧料金(RM)
一般入国査証 マレーシア 無料 無料

88.00 94.00

インド 25.00 26.00

イギリス 33.00 35.00

イラン 147.00 156.00
数次入国査証 マレーシア 無料 無料

176.00 188.00

インド 25.00 26.00

イギリス 33.00 35.00

イラン 294.00 313.00
通過査証 マレーシア 無料 無料

21.00 22.00

インド 2.00 2.00

イギリス 4.00 4.00

イラン 147.00 156.00

再入国の許可の有効期限の延長 88.00 94.00

難民旅行証明書の有効期限の延長 74.00 78.00

            手数料のお支払いは引き取り日にマレーシアリンギ、現金にてお願いします。
           (お釣りのないようにご用意下さい。)

V.旅券

1.新規発給

(1) 必要
@一般旅券申請書
当事務所に備え付けてあります。
A写真2枚
縦45mm×横35mmの縁なしのもの(頭頂から顎までが34mm± 2mmの範囲) 印画紙が粗末で顔貌が不明瞭な写真は受理出来ません。領事館備え付けの旅券写真見本「旅券用提出写真についてのお知らせ」等に該当する写真での申請は出来 ません次の点をご注意下さい。   
(イ)(イ) 提出の日前6ヶ月以内に撮影された縁なし、無背景のもの。極端な笑顔やサングラスは不適当 。
(ロ) 申請者本人のみが撮影されたもの
(ハ) 無帽で正面を向いたもの
(ニ) 裏面に申請者の氏名の記入があるもの
B戸籍謄本1通
発行日から6ヶ月以内のもの。 但し在留届を提出済みで、その後本籍や姓を変更していない方は省略できます。
(「戸籍の全部事項証明書」「戸籍の個人事項証明書」及び「戸籍の一部事項証明書」は従来の戸籍謄本(又は抄本)と同様に取り扱っておりますが、「一部事 項証明書」が提出された場合、同証明書では旅券作成に必要な事項が十分確認できない場合があり、改めて戸籍謄本の提出を求めることがありますのでご注意下 さい。)
C現在お持ちの旅券

(2) 所要日数
2日間(月曜日申請→水曜日交付)
(3) 手数料 10年旅券        RM517.20
 5年旅券        RM344.80
12歳未満        RM172.40

2.査証欄増補
(1) 必要書類
@増補申請書
当事務所に備え付けてあります
A 現在お持ちの旅券

(2) 所要日数
1日(午前申請→午後交付)
(3) 手数料
RM75.00 毎年4月1日から手数料が変更されますので領事館へ確認下さい。)


3.再発給

(1) 必要書類
@ 一般旅券申請書
当事務所に備え付けてあります。
A写真2枚
縦45mm×横35mmの縁なしのもの(頭頂から顎までが34mm± 2mmの範囲) 印画紙が粗末で顔貌が不明瞭な写真は受理出来ません。領事館備え付けの旅券写真見本「旅券用提出写真についてのお知らせ」等に該当する写真での申請は出来 ません。次の点をご注意下さい。   
(イ)(イ) 提出の日前6ヶ月以内に撮影された縁なし、無背景のもの。極端な笑顔やサングラスは不適当 。
(ロ) 申請者本人のみが撮影されたもの
(ハ) 無帽で正面を向いたもの
(ニ) 裏面に申請者の氏名の記入があるもの
Bポリスレポート
紛失、盗難の場合 損傷した旅券
C損傷した場合
(例:洗濯機に入れてしまったような場合)
(2) 所要日数 紛失、盗難の場合    日本の外務省から回答があり次第発給します。
損傷の場合      2日間
(3) 手数料 10年旅券 RM470.00
5年旅券  RM325.00
12歳未満 RM175.00
(毎年4月1日から手数料が変更されますので領事館へ確認下さい。)


                     

W.証明

1.在留証明

(1) 必要書類
@ 在留証明願
当事務所に備え付けてありますので、来館の上ご記入ください。
A 旅券
原本を提示の上、身分事項欄のコピーを提出
B マレーシアでの住所を
   証明する書類
マレーシアの家の契約書等疎明資料となる原本提示、コピーを提出(契約 者が会社となっている場合には会社発行証明書「いつから」、「誰が」、「どちらの住所に住んでいるか」を明記したもの)。
または、公共料金の領収書(証明する現住所が明記されているもの)及びマレーシア国発行の運転免許証等証明書。
C その他の書類
有効な日本国旅券に変わる書類としては、次のもの。
 ・本邦の有効な運転免許証
 ・現地官憲当局発行の写真付身分証明書又は滞在許可証等で日本国籍を有していることが確認 
できるもの等
(2) 所要日数 1日(午前申請→午後交付)
▼ 但し、年金受給のための申請は、手数料免除でその場で交付します。
(3) 手数料 RM 35.00


2.署名(及び拇印)証明
(1) 必要書類
@ 署名証明申請書
当事務所に備え付けてありますので、来館の上ご記入ください。
A 旅券
原本を提示の上、身分事項欄のコピーを提出
B マレーシアでの住所を
   証明する書類
・日本国籍者に限る
・日本国内の不動産登記に使用する場合で、単独の署名証明を求める場合は、在留届が提出されており、住所を立証する疎明資料となる原本提示ください。会社 となっている場合には会社発行居住証明書「いつから」、「誰が」、「どちらの住所に住んでいるか」を明記したもの)。また はマレーシア国発行の運転免許証等証明書。
(3) 所要日数 1日(午前申請→午後交付)
(4) 手数料 RM50.00


3.日本の運転免許証の翻訳証明

(注)自動車の免許証を取得して2年を経過していない場合には、「P」マークを自動車 と免許証に付け、その間に交通事故を起こしますと当国で再試験を受けなければなりません。日本の運転免許証の取得日が、失効等による再交付で過去2年以内 になっている場合は、自動車安全運転センターより「運転免許経歴証明書」をご入手ください。

(1) 必要書類
@ 運転免許証翻訳証明願
当事務所に備え付けの書式にご記入ください。
A 有効な日本の運転免許証

(2) 所要日数 翌日発行
(3) 手数料 RM62.00

4.出生証明

(1) 必要書類
@ 証明願
当事務所に備え付けの書式にご記入ください。
A 戸籍謄本1通(期限なし)
B 出生証明書を必要とする方の旅券の身分事項欄コピー
(2) 所要日数 3日間
(3) 手数料 RM35.00

5.婚姻証明

(1) 必要書類
  @ 証明願
当事務所に備え付けの書式にご記入ください。
  A 戸籍謄本1通(発行日から3ヶ月以内のもの)
  B 配偶者の旅券の身分事項欄コピー
▼ 配偶者が外国人の場合、氏名の綴りを確認するため、当該国公文書(旅券、出生証明書等)が 必要となります
(2) 所要日数 3日間
(3) 手数料 RM35.00

6.婚姻要件具備証明(独身証明、または離婚証明)

(1) 提出書類
@ 婚姻用件具備証明願
当事務所に備え付けの書式にご記入ください。
A 戸籍謄本1通
初婚(独身証明申請)の場合、発行日から3ヶ月以内のもの。
再婚(離婚証明申請)の場合、発行日から6ヶ月以内、離婚した配偶者の氏名、離婚年月日が明記されているもの。(個人事項証明書は不適当)
▼ 前夫(妻)が外国人の場合、その氏名の当該国表記が分かる公文書が必要
B旅券

(2) 所要日数 3日間
(3) 手数料 RM35.00

7.戸籍記載事項の証明

(1) 提出書類
@ 戸籍謄本
発行日から6ヶ月以内のもの
A 申請者の旅券の身分事項欄コピー
(2) 所要日数 3日間
(3) 手数料 RM35.00

8.死亡証明

(1) 提出書類
@ 戸籍謄本
発行日から6ヶ月以内のもの
A 申請者の旅券の身分事項欄コピー
(2) 所要日数 3日間
(3) 手数料 RM35.00


9.その他の翻訳証明

(1) 提出書類
@ 原文書(日本の官公署が発行した文書)
A 申請者の手配により作成された英文訳(翻訳者の氏名を記載して下さい)
(2) 所要日数 3日間
(3) 手数料 RM29.00

10.警察証明書

(1) 提出書類
@ 警察証明書発給申請書
当事務所に備え付けてあります
A 指紋原紙
当事務所に備え付けてあります
B 旅券
▼ 当事務所において指紋を採取致します。予め、お電話にてご連絡願います。
(2) 所要日数 約2ヶ月(外務省に回答があり次第発給します。)
(3) 手数料 無料

X.各種届出

1.在留届

(1) 在留届を提出するには

◆ 当事務所に備え付けの書式


(2) インターネットで在留届を提出


◆ 「在留届電子システム」のURL http://ezairyu.mofa.go.jp


2.出生届

◆ 提出書類

@ 出生届
当事務所に備え付けてあります 2通
A 出生証明書
原本提示、そのコピー提出 2通
B 出生証明書訳文
書式が当事務所にあります 2通
▼ どちらかの親が外国人の場合は、届出にあたり外国人である親の戸籍上の氏名表記をご確認願います。お手元に戸籍謄本または抄本(コピー可)があれば、お持 ちください。
出生証明書は、外国官公署の発給する出生登録証明書若しくは、医師の出生証明書何れでも可能です。
(注意)
子の名に使用できる文字は、常用漢字表、人名用漢字表に掲げる漢字、カタカナ又はひらがなのいずれかに限られています。(戸籍法50条、戸籍法規則60 条)。
 長音符号「ー」等は、特に認められた場合は使用することができますが、外国文字及び「・」(なかてん)等の符号は使用できません。疑問、不明な点があれ ば当事務所に直接電話等にて確認をお願いします。

3.婚姻届

【日本人同士の場合】

◆ 提出書類

@ 婚姻届
当事務所に備え付けてあります 2通
A 夫と妻の旅券
原本提示、身分事項欄のコピー 各2通
B 夫と妻の戸籍謄本
発行日から6ヶ月以内のもの 各2通
▼ 但し、本籍地を新しく設ける場合には、提出書類の必要数は各3通となります。


【外国人との婚姻】


◆ 提出書類

《イスラム系と婚姻 の場合》
@ 婚姻届
当事務所に備え付けてあります
2通
A イスラム教婚姻証明書
原本提示、コピー提出 2通
B 同 婚姻証明書訳文
書式が当事務所にあります 2通
C 日本人
戸籍謄本 発行日から6ヶ月以内のもの 2通
D
イスラム入信証明書 原本提示、コピー提出 2通
E 外国人
出生証明書 原本提示、コピー提出 2通
F
出生証明書訳文 書式が当事務所にあります 2通
G
身分証明書 原本提示、コピー提出 2通
H
身分証明書訳文 書式が当事務所にあります 2通

《イスラム系以外と 婚姻の場合》
@ 婚姻届
当事務所に備え付けてあります
2通
A 婚姻証明書
原本提示、コピー提出 2通
B 婚姻証明書訳文
書式が当事務所にあります 2通
C 日本人
戸籍謄本 発行日から6ヶ月以内のもの 2通
D 外国人
出生証明書 原本提示、コピー提出 2通
E
出生証明書訳文 書式が当事務所にあります 2通
F
身分証明書 原本提示、コピー提出 2通
G
身分証明書訳文 書式が当事務所にあります 2通

4.離婚届

【日本人同士の場合】


◆ 提出書類

《協議離婚》
@ 離婚届
当事務所に備え付けてあります 3通

▼ 成人に達した証人2名の署名及び押印が必要
A 戸籍謄本
発行日から6ヶ月以内のもの 2通

《裁判離婚》
@ 離婚届
当事務所に備え付けてあります 3通
A 戸籍謄本
発行日から6ヶ月以内のもの 2通
B 判決謄本及び訳文
原本提示、コピー提出 3通
C 確定証明書及び訳文
原本提示、コピー提出 3通

【一方が外国人の場合】
@ 離婚届
当事務所に備え付けてあります 2通
A 戸籍謄本
発行日から3ヶ月以内のもの 2通
B 離婚判決謄本及び訳文
原本提示、コピー提出 2通
C 離婚確定証明書及び訳文
原本提示、コピー提出 2通


Y.在外選挙登録

1.在外選挙人登録


◆ 必要書類

@ 在外選挙人登録申請書 当事務所に備え付けてあります
A 旅券 原本提示
B 居住を証明する書類 マレーシアの家の契約書を原本提示、コピーを提出(契約者が会社となっ ている 場合には会社発行証明書「いつから」、「誰が」、「どちらの住所に住んでいるか」を明記したもの)。またはマレーシア国発行の運転免許証等証明書。
▼ 在留届を3ヶ月以上前に提出されている方は、省略できます。

   
2.記載事項の変更手続き


◆ 必要書類

@ 在外選挙人証記載事項変更届出書
当事務所に備え付けてあります
A 在外選挙人証
原本を提出


3.「在外選挙人証」を紛失した場合等


4.郵便投票

◆ 投票の手順

(1) 国政選挙が行われる見込みという情報を新聞等で入手しましたら、「投票 用紙等請求書」に必要事項を記入し、「在外選挙人証」を同封の上、登録地の選挙管理委員会宛に投票用紙の請求を郵送にて行います。
(2) 選挙管理委員会から投票用紙が郵送されてきます。
(3) 公示日以降に投票用紙にご記入の上、再度選挙管理委員会宛郵送します。
▼ 郵送代は、投票人のご負担となります。

  

5.在外公館投票



ジョホール事情


平成20年1月
在ジョホール・バル出張駐在官事務所
1.一般事情
    ジョホール州は、マレー社会の伝統と文化を中心的に引き継いだ地域である。また、シンガポールと経済、社会、地理的に密接な関係にあり、物流、ハイテク産 業、商業、貿易の拠点としてマレーシアの中で経済成長が著しい地域である。日本とは伝統的に緊密な関係にあり、近年、日本から、特に電子産業を中心に多く の投資が行われており、ジョホール州経済の発展に大きく寄与している。かかる事情もあり、ジョホール州の人々は、概して親日的である。

(1)地理
    ジョホール州は、マレー半島南部先端地域にあり、南はジョホール海峡とマラッカ海峡、東は南シナ海に面している。ほぼ赤道直下(北緯1度30分、東経 103度)に位置する熱帯地域、高温多湿で降水量が多い。四季の変化はないが、10月ー2月の雨期、3月ー4月の高温多湿期、5月ー9月の乾期に分けられ る。また、4月ー6月には熱帯特有のスコールが多い。面積約18,941平方米、半島マレーシアの約14%を占めている。

(2)人口、民族、宗教
    10万人(2005年の人口調査)で、マレー系59%、華人系33%、インド系6%、その他2%である。村落部にはマレー系が多く、都市部では華人系が多 い(ジョホールバルでは華人系が50%を越えている由)。国教はイスラム教であるが、憲法上、信仰の自由が認められている。マレー系はイスラム教、華人系 は仏教、道教、キリスト教、インド系はヒンドゥー教、キリスト教、シーク教が多い。それぞれの民族がそれぞれの宗教を信仰し、独自の風俗、習慣を守りなが ら共存する複合民族社会である。

(3)歴史
    ジョホール州は、マレー的な文化や伝統を中心的に引き継いだ地域である。1511年、マラッカ王国が外国勢力に征服され崩壊した後、マラッカ王国最後のス ルタンの王子によって統治されたのがジョホールである。これは、マレー社会の中心がマラッカからジョホールに移動したことを意味している。かくして、ジョ ホール州はマレー社会の政治、文化、伝統の中心として、また、マラッカ海峡の要衝の地として繁栄し、マレー半島の中で重要な王国・地域となったが、近年ま でマレー半島には独立した幾つかの小さな王国が存在しており、その一つに過ぎなかった。
    各スルタン領国と地域ではマレー人としての社会的・文化的な伝統が共有されてきたものの、マレー半島が政治的に一つの国家としてまとまるのは、第二次世界 大戦後である。大戦終結と共に、特にジョホール州から発祥する政治勢力の中からマレー独立の気運が高まり、英国との独立の交渉が行われ、マレー半島が一つ の国家としてまとまり、マラヤ連邦として独立したのは1957年8月である。
    この間、経済面ではジョホール州は、19世紀の英国植民地時代にはシンガポールがアジア貿易の中継地として発展する中、その後背地としてゴム、錫、果物等 の生産拠点となり、また、20世紀始めには英国東インド会社のゴム農園経営の重要な投資先となったが、これらのジョホール経済発展に及ぼす影響は限られた ものであった。他方、中継地として発展してきたシンガポールは、英国から自治権を獲得し、英連邦自治国となり、1963年9月、シンガポール、サバ、サラ ワクを統合したマレーシア連邦の成立に伴い、その一州となったが、1965年8月マレーシアから分離独立した。

(4)州都ジョホール・バル
    州都ジョホール・バルは、マレー半島南端に位置する国境の街で、人口約106万人、全長約1050mのコーズウェーで、ジョホール水道を隔ててシンガポー ルと結ばれている。この地理的  事情に加え、歴史的、人種的にも共通点が多いこと等もあり、ジョホール・バルとシンガポールは、互いに相互の経済・生活 圏の一部となっており、ジョホール・バルからは、国境を超えてシンガポールへ通勤や通学するマレーシア人も多く、他方、シンガポールからは、同国に比し物 価が低いこともあり、ショッピング、ゴルフ等のためジョホール・バルを来訪する者が少なくない。
    ジョホール・バルは、その中心部には近代的な高層ビルが建ち、ジョホール海峡沿いの古いイスラム建築とも調和して、海峡に沿って美しい景観を呈している。
    しかし、市内中心部のビルとビルの間には、昔からの古びた小売店、住居、レストラン、ホテル等が密集しており、このため、市内中心部の交通の流れは悪く、 恒常的に交通渋滞で、シンガポールとの国境検問所に達するにも長時間を要する。市当局は、都市再開発10年計画を作成し、国際都市に相応しい、機能的、近 代的で、美しい街造りに取り組んでいる。近年、郊外に大型ス−パーマーケット、ショッピング・モールや高層住宅が次々と建設され、外国人にとっても郊外型 生活を楽しむことの出来る生活環境が整いつつある。
    現在、コーズウェーの出入国管理施設(CIQコンプレックス)の建設が進んでいるが、これが完成すれば、ジョホール・バル、シンガポール間の交通の流れが 若干スムーズになると期待されている。因みに、船舶の航行を可能とするためにコーズウェーに代わる橋を建設しようとの計画については、シンガポールの同意 を得られていないため、計画は実施までに至っていない。

    ジョホール・バルには、イスラム建築の伝統を残した多くの古い建物がある。
(a)ア ブ・バカール・モスクは、1892年より8年を掛け建築されたジョホール海峡沿いの小高い丘に建つ白壁と青い屋根のモスク で、美しい回教寺院である。
(b)1941 年、建築されたスルタン・イブラヒムビルは、日本のマレー占領時代には日本軍の司令部も置かれた重厚な建物で、現在、州議会と州政府事務所となっている。
(c)ア ブ・バカール王宮博物館は、1866年建築のジョホール・スルタンの元王宮で歴代のスルタンの生活を偲ばせる衣類、装飾品、家具、武器等多くのものが展示 され、謁見の間、寝室、食堂、居間等が見学できる。先々代のスルタン時代より、スルタンと 徳川家(尾張・徳川義親候)との間に親交があり、日本の陶器、漆器、兜、刀等日本との交流の品々も展示されている。


2.政治
(1)ジョホール・スルタン
    ジョホール州の長は、ジョホール・スルタンである。スルタンは、政治不介入、象徴的存在であるが、国民の宗教的、精神的面における存在は大きい。スルタン は、首相の指名により州首席大臣を任命し、首席大臣の助言に従って、州政府の内閣に相当する行政委員会委員(州政府大臣)を任命する。ジョホール・スルタ ン家は、市内一等地に厖大な土地を所有し、大きな経済権益を持ち、現在でも国軍から独立した独自の近衛兵を抱える等特権的地位を持っている。現在のジョ ホール・スルタンは、スルタン・イスカンダール(1932年生、73歳)で、第22代、1984年から89年まで第八代のマレーシア国王であった。ゴルフ やポップ・ソングを好み、親日的で簡単な日本語を話す。
    1992年、スルタンの政治、経済への介入を巡り、政府とスルタンとの間に軋轢が生じたが、同年11月のスルタン・ジョホールのホッケー・コーチ殴打事件 を契機に、特権を抑制しようとする動きが活発化し、1993年3月の憲法改正により、公務以外のスルタンの行為に対する裁判免除特権が廃止されるなど特権 が縮小され、政治介入や経済的権益が抑制されることとなった。

(2)州議会、州政府
    州議会は、一院制で選挙で選ばれた56議員によって構成され、憲法上、管轄と定められているイスラム法、土地、農林漁業、地方行政等に関し審議する。州行 政は、首席大臣と10名の州行政委員会委員により執行されている(いずれも州議会議員の中から選出される)。現在のアブドル・ガニ州首席大臣は、ジョホー ル州出身の政治家で、オーストラリアの大学で経済学士と政治学修士を取得、1995年、マハテイール首相(当時)に連邦政府青年スポーツ大臣から任命され た。
    州政府の下に、8つの郡役所(DISTRICT OFFICE)があり、同役所は、地方の土地行政や治安を司り、市民生活の上では大きな権限と権威を持っ ている。群長の下に、行政村(MUKIM 、その長はPENGHULU)がある。ジョホールでは他の州と同様、スルタンー州政府首席大臣ー郡長ー村長というヒエラルキーが確立されており、中央から の統制が機能し易いシステムとなっている。これにより、地方の末端まで政治・社会秩序が維持され、開発行政の上でもこの政治システムが大きな役割を果たし てきた。

(3)連邦と州の関係 
    憲法上、連邦権限、州権限、共管事項それぞれが規定されている。州権限としてはイスラム法、土地、農林漁業、地方自治等、共管事項としては社会福祉や保険 衛生等、その他事項の大半は連邦権限となっている。土地制度や地方自治に関する権限は、本来、州政府の最重要事項であるが、これらについても国家土地評議 会や国家自治評議会などの国家機関の政策に従わなければならないため、州政府の権限は、事実上、連邦政府の制約を強く受けている。また、ジョホールには入 国管理庁、税関、通産省(MITI)、マレーシア工業開発庁(MIDA)等の連邦政府出先機関が置かれ、連邦政府管轄事項の運営を担っている。

(4)地方政治動向 
    ジョホール州は与党・統一マレー国民組織(UMNO)の発祥の地であり、マレー的・イスラム的な基盤が強固である。1946年、バト・パハの郡長であった オン・ジャファーは、マラヤの独立と主権の擁護、マレー系の優位等を掲げUMNOを結成した。この考えを引き継いだ同氏の長男フセインは、ジョホール州政 界から中央政界に入り、ラザク首相(当時)の下で副首相を務め、1976年、第3代の首相となった。フセイン首相は、その後、マハティール(前首相)を副 首相に任命、その政治姿勢は今日のマレーシア政治に引き継がれている。
    2004年3月に、連邦下院議員(ジョホール州選出数26)とジョホール州議会議員(定数56)の選挙(注1)が行われ、連邦下院議員選挙では、UMNO、マレーシ ア華人 協会(MCA)、マレーシア・インド人協会(MIC)及びマレーシア人民運動党(GERAKAN)の与党・国民戦線(BN)が議席を独占した(注2)。BNは、州議会選挙でも55議席を確保し絶対多数を 占めた(注3)。 残り1議席は、マレーシア・イスラム党(PAS)が確保した。

(注1)ジョホール州人口増加に伴い、2004年3月の選挙時より、ジョホール州の連邦下院 議員数は6議席増え26、州議会議員定数は16議席増え56となった(増加数は何れも 国内最大)。
(注2)ジョホール州選出連邦下院26議員の党派別内訳UMNO 16、MCA 8、MIC 1、GERAKAN 1人
(注3)州議会議員56人の党派別内訳UMNO 33、MCA 15、MIC 4、GERAKAN 3、PAS 1


3.司法、警察
(1)ジョホール州の一般的治安情勢
    ジョホール州は、他の州・地域と同様、治安は概ね良好である。不穏分子やテロリスト取締等治安面では、警察・治安当局の国内治安維持法に基づく規制が機能 しているとみられており、ジョホール州においては目立った反政府活動やテロの動きは見られない(注)。しかし、近年、インドネシアの経済が低迷していること もあり、同国のスマトラ島から、マラッカ海峡、ジョホール州ポンティアン(JBの北方約65km、マラッカ海峡岸の町)を経て流入するインドネシア人の不 法滞在者が多く、政府の取り締まり強化にも拘わらず、根絶に至っていないようである。
    また、JB市内の失業者数も多く、ジョホール・バル及び近郊の治安秩序維持困難の一因となっている。

(注)ジュ マ・イスラミーア(JI)の一つの活動拠点とされたジョホール州ウルティラム所在(ジョホール・バルより東方約20km)の宗教学校は2002年1月当局 の命令により閉鎖され、同施設は警察の監視下に置かれた。2002年8月シンガポールで逮捕されたJIメンバーがマレーシアを中心とする地域においてイス ラム国家建設構想を企図し、その一環としてマレーシア・シンガポール関係悪化を画策、コーズウェーの水パイプラインの攻撃をテロ攻撃の標的としたとされた が、ジョホール州警察当局は、シンガポール警察とも連携し、コーズウェーの安全確保に務めている。

(2)州都ジョホール・バルの犯罪状況
    州都ジョホール・バル(JB)は、海峡を隔ててシンガポールと接している国境の街で、同国に比し、商品、ゴルフ代、ホテル代等が安価なこともあり、ショッ ピング、ゴルフ、観光等のためシンガポールから来訪する者が多く(注:移民局によれば、シンガポールへの出入国者の数は1日当たり16万人である)、レス トラン、ナイトクラブ、ショッピングセンター等が賑わいを示す一方で、強盗、窃盗、麻薬やCDの密売・密輸等犯罪事件が多く発生している。JB都市圏での 犯罪事件は金銭目当ての引ったくり、置き引き、車上荒らし等の犯罪が大半で、金持ちと見られているシンガポール人や同登録車両が被害となる事例が多く、日 本人が被害に遭う事例も少なくない。

(3)治安当局
    連邦警察庁の下、ジョホールには州警察本部があり、同本部の下に警察署、警察分署が置かれている。警察の社会的地位は比較的高く、権限も大きい。特に治安 維持という面では相応の成果を上げていると見られるが、他方、一般市民に影響を及ぼす一般犯罪や交通違反の取り締まり面では、州民から十分信頼されている とは言い難い。


4.経済
(1)シンガポール経済圏
    ジョホール経済は、シンガポール経済と密接な関係にある。これまでシンガポール経済の繁栄と発展の利益を享受すると共に、その発展を補完してきた。ジョ ホール州から多くのマレーシア人がシンガポールに出稼ぎに行き、多くのシンガポール人がジョホールを訪問し、また、産業投資を行い、ビジネス活動を展開し ている。両地域は相互補完関係にある。
    ジョホール・バルーシンガポール間は全長約1050mのコーズウェーで結ばれ、道路、鉄道、電話、水パイプライン等が設置され、人、物、サービスの移動と 交流が活発である。ジョホールは地理的事情に加え、シンガポールとは歴史的、人種的にも共通点が多く、シンガポール経済・生活圏の一部となっている。毎日 約16万人がコーズウェーを往来、週日にはジョホールより約3万人の労働者がシンガポールに通勤し、週末にはシンガポール人が、ショッピング、食事、ゴル フ等に、物価の安いジョホール・バルを訪れている。シンガポール人をターゲットとするハイパー・マーケット、商店、レストラン、その他各種サービス産業で ジョホ−ル・バルの街は賑わっている。1998年には第2リンクが開通し、ジョホール・バルとシンガポールの人の交流と物の流れは一段と活発になってい る。ジョホールを訪れるシンガポール人は月平均約80万人を超え、年間では約1,000万人程度に上っていると言われている。

(注)2006年5月のコーズウェーにおける出入国者の合計は、525万人(入国者270万人、出国者255万人)であり、そのうちマレーシア人が390 万人、シンガポール人が124万人となっている(日本人は、9,500名であった)。

(2)輸送拠点化プロジェクト
    ジョホール州では、近年、シンガポール経済に依存する経済システムからジョホール自体がシンガポールに代わって経済活動の拠点化を図るべきとする動きが強 まっている。同州の経済開発計画は対シンガポール関係を視野において進めるものが多く、特に、輸送や製造業においてその傾向が顕著である。アブドル・ガニ 州首相は、同州は恵まれた資源と地理的条件を活用して経済発展に努力し、シンガポールとの競争に勝てるようにすべきと主張しており(2003年3月)、タ ンジュン・ペレパス港(PTP)拡張工事、セナイ国際空港の整備拡張計画、パシル・グダン港の整備拡張計画、それぞれの港を結ぶアクセス道路の整備、等大 型経済開発計画が進行中である。更に、セナイ空港からゲラン・パターを通ってタンジュン・ペレパス港に至る地域を開発し、同地域に大規模な給油施設や発電 所(注)、石油化学コンプレックスを 建設し、PTPとセナイ空港を結ぶ高速道路、荷物輸送専用鉄道建設等を整備することにより新たな産業セクターを発展させる計画は、国内プロジェクトの中で も非常に大規模なもので、ジョホール州政府及び中央政府もこれを強く後押ししている。
 
(注)2004 年より、ジョホール州ポンティアンのタンジュン・ビンに、2100MWの発電能力を有する石炭火力発電所が、建設途上にあり、3ユニット完成後の2007 年8月以降同発電所は、マレーシア全体の発電量の1割強を担うことになる。

(3)生産拠点
     1980年代後半以降、ジョホール州における基本的な経済インフラの整備に伴い、日本、シンガポール、台湾、韓国等の各国企業も新たな生産拠点として、 立地条件が良く、比較的安価かつ良質の労働力を有するジョホールへの工業投資を拡大してきた。これらの投資は、電気・電子産業のセットメーカーから、電子 部品・材料、パームオイル製油等製造業のあらゆる分野に及び、地域経済を支える重要な産業となっている。   
      ジョホールバル近郊では、パシル・グダン、セナイ、テブラオ・タンポイ、バト・パハ等に工業団地があり、エレクトロニクスや家電の工場が集中し、日系企業 も多数(2007年10月現在189社)進出している。MIDAの統計によれば、2005年におけるジョホール州への外国投資案件は158件で、シンガ ポールが76件でトップであり、日本は22件でこれに次いでいる。他方、投資額では、合計567百万RMのうち、日本が254百万RMでトップとなってい る。業種別では電子・電気、金属加工、化学製品の分野が大きい近年、シンガポールのコスト高から、シンガポールで展開するシンガポール及び外国企業は、情 報・管理機能をシンガポールに残し、労働集約的な工場機能をジョホールに移転する傾向にある。他方、これまで順調に進展してきたジョホール州への日本や外 国からの産業投資が、熟練労働者が飽和状態であることや高賃金化傾向もあり、産業の裾野が広く、低賃金と豊富な労働力のある中国等へ生産拠点を移転する動 きが出てきた。ジョホール州においては、政府の優遇税制が導入され、優秀な労働者の確保、インフラ整備等投資環境の改善を図り、外国資本の逃避を回避しよ うとの措置が採られているようであるが、ジョホール州への外国資本の投資が大きく伸びる状況にはないようである。
   

(4)港湾の整備
    マレーシア経済の発展に伴い、港湾貨物が急増し、港湾施設の設備・拡充が進められてきた。ジョホールには、パシル・グダン港があり、生産拠点として発展す る工業団地やパームオイル生産地を後背地とし、貨物取扱量は飛躍的に増加してきた。
    同港に加え、第7次5カ年計画(1996年ー2000年)において、ジョホールとシンガポールを繋ぐ第2リンクの隣接地にコンテナ施設を中心としたタン ジュン・ペレパス港(PTP)が1999年10月開港した。2000年、国際大手海運会社マースク・シーランド(デンマーク)、また、2002年、エバー グリーン(台湾)それぞれが、拠点中継港としてシンガポールより移転した。このため同港のコンテナ取扱量は、2001年以降大幅に増加し、2002年 266万TEU、2003年349万TEU、2004年402万TEUで、マレーシア最大のクラン港に迫る勢いである。因みに、2004年のマレーシア国 内のコンテナ取扱量は1150万TEU、国内最大のクラン港は約520万TEUであった。

(注1)TEUは、20フィーターコンテナ換算での数量。
(注2)2003年度の取り扱い実績世界ランクは、一位香港、二位シンガポール、三位上海。クラン港は12位、PTPは 16位。

(5)道路・空港・鉄道
    タイ国境からマレー半島を縦貫し、ジョホール・バルに至る848kmの南北高速道路が1994年開通、また、ジョホール・バルとシンガポールを結ぶ第2リ ンクも1998年開通した。ジョホール州のセナイ空港の整備・拡充は重要プロジェクトとして現在も進行中であるが、2003年10月からの国内第2航空会 社エア・アジアの同空港利用開始に伴い、2004年には年間空港利用客数は150万人に達する見込みである。
    半島マレーシアの西海岸には、1913年にタイ国境からシンガポールを結ぶマレー鉄道が開通していた。このマレー鉄道(636km)を電化複線化するプロ ジェクトが、2003年11月決定され、総工費145億RMでマレーシアの2つの企業連合に落札された。しかし、2003年12月、新たに就任したアブド ラー・バダウイ首相が、大型プロジェクト工事実施見直しの一環として同プロジェクトの棚上げを決定したため、プロジェクトは実施されていない。

(6)イスカンダル開発区プロジェクト
  マレーシア政府は、2006年11月ジョホール州南部の開発プロジェクトであるイスカンダル開発区プロジェクト(IDR)の基本計画を発表した。同計 画の概要は次のとおりである。
(イ)開発期間:2006年から2026年
(ロ)対象地域:ジョホール州南部、2,217平方キロ(シンガポールの2.5倍)
(ハ)投資規模:第9次マレーシア計画(9MP、2006年〜2010年)期間で、
470億リンギ。
(ニ)基本方針:(a)地理的な利点を生かした開発(セナイ空港やPTP等運輸施設を生かして、同地域のロジスティクス・ハブ化を目                  指した開発)、
         (b)教育を通じた人的資源の育成(ヌサジャヤ地区に国際レベルの高等教育機関を設置する等により、人材育成を図 
                 る)、
         (c)周辺地域に配慮したバランスの取れた開発(ジョホール州のみならず、 周辺地域に波及効果が及ぶ開発)、
         (d)公共交通機関やリクレーション施設の整備、開発による生活レベルの向 上(住宅開発、高速道路の建設等によ
                 り、住民の生活レベルの向上)、
         (e)計画の円滑な実行(イスカンダル開発庁、南部ジョホール投資会社等の設立)。
(ホ)経済効果:(a)2025年までの経済成長が2%贈の8%、.
                (b)2025年の州内総生産が292億米ドル増の933億米ドル、
                (c)2025年までの新規雇用が82万件、
                (d)2025年の州平均年収が、現在のRM54,700からRM115,000に倍増。
(ヘ)2008年1月現在の状況:
IDR対象地域で、もっとも開発が進んでいるのがヌサジャヤ地域であり、
州政府庁舎は2008年から運用開始予定。また、同地区の住居エリアも、
かなりの住宅建設が終わり、既に販売されている。なお、同地区の開発については、2007年8月、中東の投資家(UAE及びクウェート)がコンソーシアム を結成、総額12億米ドルの投資契約を締結しており、今後更なる追加投資が期待されている。

5.対シンガポール関係
(1)現状
    ジョホール州の経済・社会の発展・繁栄はシンガポール経済の動向に密接に関係している。シンガポールは英国植民地時代から東西貿易の中継地として繁栄、英 国領有の下に東南アジアの貿易、通信、文化の中心地として急速な発展を遂げ、ジョホール州は長くそれを支える後背地として、シンガポール経済の発展に依存 してきた。
    しかし、近年、マレーシア経済の発展に伴い、シンガポールへの依存が低下している。マレーシアとシンガポールは、もともと経済格差や人種構成を背景として 微妙な関係にある。特に、2002年来、マレーシア側は水問題を初め、コーズウェーの代替橋の建設、島の領有、埋め立て工事等両国間の懸案事項につきシン ガポール批判を強めており、双方の主張がぶつかり、個々の問題が未解決となっている。解決の方法についても、シンガポールは懸案事項の一括解決を主張、マ レーシア側は個々の問題を個別に協議、解決したいと主張し、物別れとなっている。
    マレーシア政府は、2003年来、両国間の懸案事項につきメディア・キャンペーンを行い、シンガポールの主張に反駁する内容の広告を新聞、TVに頻繁に流 す等、マレーシアの対シンガポール批判は高まった。しかし、2003年11月、アブドラー・バダウイ首相の就任を契機に両国間の首脳レベルの対話も行われ る等雪解けの雰囲気が醸成されつつある。

(2)個別の懸案問題
・水供給価格問題
    ジョホール州は1961年と62年に結ばれた水協定に基づき、シンガポールに1000ガロン当たり0.03リンギで生水を提供しているが、その価格は現在 も変わっていない。マレーシア側は、非常識な低価格として値上げを要求し、シンガポール政府は、これに応え、1999年来の一連の交渉を通じて、1000 ガロン当たり0.45リンギ、その後同0.60リンギの提案し、マレーシア側も合意したと見られていた。しかし、最終的にマレーシア政府は6.25リンギ を提示したためシンガポール側は現行価格の200倍以上のこの価格は法外と反発し、2002年末交渉が決裂した。また、シンガポール側が処理済み上水を同 量当たり50リンギでジョホール州に売り戻しているが、この大きな価格差も問題となっている。
    二国間の水協定は二つあり、それぞれ2011年、2061年期限を迎える。2003年3月シンガポール側は自国の立場を正当化する水問題に関する冊子を出 版したため、マレーシア政府も自らの立場を正当化する冊子を出版すると共に主要各紙に全面広告を掲載し、批判合戦となった。マレーシア側は永久かつ永続的 に水をシンガポールに供給するが、その価格は合理的な価格に調整する必要があるとしている。また、シンガポールから飲料水を購入しているジョホール州には にジョホール・バル近郊(コタテインギ)の浄水プラントが完成しており、フル稼働(2004年末頃)となれば、シンガポールからの上水の購入が必要なくな る見込みである。
    シンガポールの水源内訳は、国内からの供給が57%、ジョホール州からの取水が43%であるが、シンガポール側(公益事業庁)は、国内貯水施設の拡充、下 水の再生処理(ニューウォーター)、海水淡水化を進めており、2011年までに完全自給体制(貯水池よりの取水51%、淡水化プラント30%、ニュー ウォーター19%)を達成できるとしている。

・ジョホール海峡新大橋建設プロジェクト
    コーズウェーを取り壊し、新たに道路・鉄道共用大橋建設することについて、両国の合意が得られていない。当初、同橋は、コーズウェーを取り壊してその跡に マレーシアとシンガポールそれぞれが半分づつ作る予定であったが、シンガポール側がコーズウェーの利用がまだ可能であることやコスト高などから同意せず、 マレーシア側の半分だけをマレーシア側だけで建設することとなり(注)、2003年2月、当時のマハティール首相が出席して、同大橋に繋がる新入管、税 関、検疫(CIQ)施設建設工事の起工式が行われた。しかし、マハティール首相引退後の2004年に入り、マレーシア政府関係者からも計画の通り橋が完成 するとすれば、その大橋はマレーシア・シンガポールの「非友好関係を象徴」する橋になるとの批判の声が上がり、その見直しとシンガポール側との協議の必要 性が主張されて2006年に計画は中断された。ただし、CIQ施設については、引き続き建設工事が行われている。
 
(注1)マレーシア側だけの計画であったため、橋は、ジョホール・バルからジョホール海峡の真ん中あたりから大きくカーブ して シンガポール側の現コーズウェーと連結する変則的な形で、機能的、技術的、コスト(建設と維持)面でも無理のある橋のデザインであると言われていた。
(ハ)バトウ・プテ島(PULAU BATU PUTIH)の領有
    
バトウ・プテ島の領有権をマレーシアとシンガポールの両国が主張している。同島はビンタン島の北に位置するほぼサッカー・グランド と同じサイズ(50m×33m、高さ7.3m)の岩の小島である。1844年、ジョホール・スルタンが同島への灯台建設を許可し、1851年に完成した灯 台がある。1979年、マレーシアが同島を領土に入れた地図を発表、シンガポールがこれに抗議した。同島には1989年と92年にシンガポールが建設した レーダー塔とへリポートがある。1993年と94年、両国が領有権問題について交渉したが解決せず、1994年、マハティール首相とゴー・チョクトン首相 が国際司法裁判所(ICJ)へ提訴することに合意した。その後具体的な動きはなかったが、2002年12月同島水域に入ったマレーシア沿岸警備隊のパト ロール艇に対し、シンガポール海軍艦船が、シンガポール領海から立ち去るよう警告したことにより問題が大きくなった。クアラルンプールではこれに抗議して シンガポール大使館へのデモなどが行われたが、2003年2月、両国政府はICJへの提訴に関する合意書に調印した。ICJでの審理は、2008年から行 われる見込みである。


6.日本との関係
(1)歴史
    ジョホール州と日本との交流は20世紀初頭頃より活発となった。1900年代初め、ジョホール州バト・パハ地域において日本企業のゴム園栽培が始まり、第 一次世界大戦後のゴム価格の高騰に伴い、1920年代にはゴム園栽培は最盛期を迎えた。当初ゴム園経営のためバト・パハに一家で移住した日本人企業家石原 氏(後の石原産業創設者)は、1919年、ジョホール州スリメダンで有望鉄鉱石鉱脈を発見、鉄鉱石事業を起こし、事業を成功させた。当時、バト・パハを中 心とするジョホール州各地には、ゴム園等で働く多数の日本人がいた。このような日本人の中にはマレーで亡くなった人も多く、ジョホール州内各地には日本人 墓地が散在したが、近年、その多くがジョホール・バルの日本人墓地に移転され、ジョホール日本人会により管理され、また、年2回春秋の供養も行われてい る。
    1921年、徳川義親候(尾張徳川)がジョホールを訪れ、スルタンと虎狩りを愉しんだと言われている。これを契機にジョホール・スルタンと徳川家の間には 親交が始まり、戦前、後にマレー大学長となるウンク・アジズ他多くの有為のマレー青年が徳川奨学生として日本に留学した。また、スルタン家を初めジョホー ルの人々と日本との友好親善関係が進展した。日本との交流の品々は、ジョホール・バルのスルタン博物館に展示されている。
    同博物館は広大なイスタナ庭園の中にあり、同庭園の中には日本庭園と茶室がある。この庭園と茶室は元々、1936年、当時のジョホールとシンガポールの日 本人社会から先々代のスルタンに、在位40年を祝して、同スルタンに寄贈されたもので、戦前より、日本とジョホールの人々との友好のシンボルとして永く親 しまれてきた。その後、時の経過と共に荒廃したため、1984年、ジョホール三水会(現在の日本人会の前身)が再建し、現在のスルタンに贈呈した。同年、 現在のスルタン及びスルタナの臨席を得て、贈呈式が行われた。
(注1)1935年のシンガポールと日本の貿易統計によれば、シンガポールから日本の主要輸出品は生ゴム(輸出総額の55%)、鉄        鉱石(同22%)であるが、これらはジョホール州の日本企業がシンガポール経由で日本へ輸出した物である。
(注2)1925年の外務省による海外在留邦人数調査によれば、ジョホールは1,313人であり、中国を除く当時のアジアにおい        て、シンガポール(2,690人)、マニラ(2,177人)に次いで3番目の日本人社会であった。

(2)日本のマラヤ占領
    1941年12月8日、マレー半島北東部コタバルに上陸した日本軍はシンガポールを目指して進撃、1942年1月31日にはジョホール・バルに達し、同2 月8日、ジョホール海峡渡河作戦を開始し、同2月15日シンガポールを占領した。以後3年8ヶ月の日本軍のマラヤ占領は日本・マレーシア関係に重要な意味 をもたらした。
    日本軍のマラヤ占領により、イギリスのマレー統治が終焉し、停滞していたマレー民族意識を  活性化させる一方、華僑を中心とする抗日共産主義運動を助長 させることとなった。このことにより、戦後、日本軍に協力したマレー人と華人間の民族対立を深め、マレーシアの民族問題にしこりを残した。ジョホール州内 各地には日本軍の犠牲になった華人の慰霊碑があり、今日でも毎年、華人系マレイシア人は慰霊祭を行い、日本の戦争責任を追及している。

(3)日系進出企業、在留邦人数等
    1982年、マハティール首相はルック・イースト・ポリシー(東方政策)を提唱、日本・マレーシア関係は経済・技術協力だけでなく、学術・文化交流の分野 においても急速に緊密化した。ジョホール州への我が国からの工業投資も増加し、ジョホール州における日マ関係は先ず経済面で著しく緊密化した。これに伴 い、ジョホール州の在留邦人や日系企業の数は、年々増加してきたが、2001年以降、日本及び世界経済の停滞もあって、この増加傾向は頭打ちの状況となっ ている。在留邦人数は、2001年10月の約1411人をピークにその後やや減少の傾向にあり、2004年10月現在、1169人である。その大半が日系 進出企業の駐在員とその家族であり、企業数は約194社である。
    なお、ジョホールへ来訪する日本人観光客は、年間約20万人に達し、外国人旅行者数としてはシンガポール人、インドネシア人、中国人に次いで第四位であ る。

(4)日本人学校
     ジョホールにおける日本とマレーシアの緊密な関係を背景に、日系進出企業及び在留邦人数が増加し、1997年4月、ジョホール日本人学校が生徒数73 名、派遣教員8名で(2008年1月現在、生徒数128名、日本からの派遣教員は14名)開校された。

(5)駐在官事務所の設立等
    1999年2月、在ジョホール・バル出張駐在官事務所が開設された。駐在官事務所の最重要業務はジョホール州における日本人社会の利益の増進、擁護を図る ための「領事事務」であるが、その他、広報文化関係の業務を通して、ジョホール州における対日理解、日本との友好関係の促進を図っている。
    なお、2000年9月に、常陸宮同妃両殿下がジョホール・バルを訪問、日本との友好親善関係に大きく寄与した。
(了)      





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