信 号 機

赴 任当初良く信号機が故障し交通渋滞になっていたが、最近事情が良くなって来たのか、信号機の故障は少なくなってきた。故障の原因は、雷、豪雨、自動車によ る信号機への衝突等等で有る。当初信号機が故障していると道も判らず、じっと車の進むのを待つしか無く渋滞の中でイライラしながら待っていた。いざ交差点 にはいると、此処は車の鼻先を入れた者が勝ちの世界である。この鼻先を入れるのが怖くてなかなか前に進まないと、後ろからクラクションで煽られる始末で す。仕方なく5cm前進10cm前進30cm前進し横から来る車が通りづらいので止 まった瞬間に前進、やっとの事で故障した信号機の交差点を通過するわけであります。

今は道も少しは判る ようになり、信号機の故障しそうな交差点は雨上がり雷の後は避けるようにしていますが、又信号機が故障していても、図々しく車の鼻先を入れ、横からくる車 を止め通過しています。(マレーシア流儀)最近信号機が壊れなく成った理由として、信号機が発光ダイオードに変わった事もある様です。この発光ダイオード 式の信号機は、赤色の待ち時間、青色の残り時間が表示され、待ち時間が後何分か判るので信号待ちのイライラは無くなりましたが、赤色の待ち時間が10秒を 切ると、オートバイはソワソワしだし空吹かしをやり、青色に変わったとたんに一斉にスタート、まるでレース場に居るみたいで迫力があります。(オートバイ は皆小型で50ccから125cc止まりですが..)






オートバイ

此 方でオートバイを見ると、日本との違いは、まずジャンバーを前、後ろを逆に着ている姿でしょう。この着方だと前からの風除け、雨が降っても前にボタンや チャックが無いので雨、風が入り難い、又後ろが開いているので涼しいのかと思います(自分で経験してないので想像)この様なことを考えると少々格好悪いが 合理的な着方なのかも知れません。もうひとつは、1台のオートバイに1人で乗っているのは少ない。運転手が男で後ろが女か男かの違いはあるが2人乗り、又 家族乗り、運転手お父さん、運転手の前には大きい子供、運転手のすぐ後ろは小さい子供(1人~2人)最後尾お母さん、1台のオートバイに4人乗り~5人乗 り、事故でも有ったら一家全員死亡大変危険である。






投稿者:マレーポーロ
死 体

私はマレーシアに来てまだ2年足らずだが交通事故の死体を2回見た。こんなに頻繁に死体を見るのも異常だし、死体の状況も異 常であった。見た死体2体共、道路上に寝かされ、新聞紙が掛けてあった、新聞紙も異常であったが、何故私が死体で有ることを認識したかと言うと、新聞紙か ら足がはみ出して見えたからである。こんなに暑いのに死体を道路上に寝かせて置いても良いのかと思いながら、通り過ぎましたが、野次馬も少なく、見物渋滞 もなくアッケラカンとした物でした。マレーシアの運転マナーは決してほめられた物では有りません。オートバイは車と車の間を縫う様に走り、信号無視、方向 指示は出さない、無理な割り込み、あまりにも狭い車間、車の性能を無視したスーピド(ブレーキは効かない、タイヤの山はない等)これでは交通事故は減らな い。私たちもこの交通事情の中を車で通勤しています。






投稿者:マレーポーロ
聞いた話

外国ではすみません、とかごめんなさいとか謝りの言葉を発した方が全面的に悪く成ると聞いていました。人から聞いた話による と、追突事故を起こしても、私はブレーキを正常に踏んだ、だから私は悪くない、追突したのはブレーキが効かない自動車会社が悪い(雨が悪い)等々自分の前 方不注意 整備不良、スピードの出しすぎは2の次である。とにかく自分を弁護する屁理屈だろうが、何だろうが議論しない方が負けになってしまうそうです。英語も話せ ずこんなトラブルに巻き込まれたら、自分は絶対に負けてしまいます。私も大した事故では無かったのですが、追突で前の車と接触し、前の車から4人の男降り てきて何か言っているけどマレー語で判らない。車は双方共傷、へこみ、などはなく無傷であるが、問題を長引かせると厄介かなと思い50リンギット (1500円位)黙って出すと、今までマレー語で話して居た人間がサンキューと言って金を受け取り立ち去った。此方の仲間内では魔法の50リンギットと呼 んでいます。命拾いをしました。






投稿者:マレーポーロ
駐車違反

マレーシアの道路は商店の前に白線で駐車スペースがあるのが多い、目的の商店の前に駐車スペースが無ければ、他の商店の前で も良く、日本より進んでいるかと思った私がバカだった、この駐車スペースは商店が管理しているのではなく、地域の駐車管理組合の様な所が管理しており有料 だったのだ、知らない私は駐車違反で罰金50リンギット払う羽目になった。(通常この種のパーキングでのクポーポンはRM0.60(1時間)又はRM0. 40(30分)である。)

(一部編集部加筆)





投稿者:マレーポーロ
故 障

自動車の故障で止まっている車をよく見かける、無理もない話でこの国は車検制度が無く、道路税を納付すればどんな車でも道路 を走らせることが可能のようだ。トラックにおいてはボンネットとシャーシ部は金属が使用されているが、その他は全部木製BMVのトラックなど戦争前(60 年前)から走っていたのではないかと思わせる。乗用車は初代サニーが走っている。バスはあまり形が変化しないので判らないが、日本では珍しい(観光地でし か見られない)ボンネットバスが走っている。もちろんそんな古い車だけでなく、最新の自動車も走っていますが、とにかく故障車が多い。故障車の中で始末に 悪いのがバスの故障車、道路でバスが止まるとすぐ渋滞が起きる、バスに乗っている人は どうするのでしょうかねー。
私の通勤ルートの道脇に1台車が故障で止まっていたが翌日タイヤが全部外され、その次の日には、窓が割られていた。又その翌日にはボンネットも開けられ全 ての部品が無くなっていた、故障で止まったらすぐ修理屋を呼ぶ事が鉄則になる。故障車ではないが、事故車の修理技術はものすごい、事故車で完全に廃車と思 われていた車が、修理されて帰ってきた。全く元のままである。驚異である私も道が悪いため、かなりスピード出ている状態で道路の窪みにタイヤが落ち、タイ ヤをばらすとアルミホイルは変形、タイヤはどうしようもないが、ホイルは修理できると言うので修理したが、なんとも無く現在も使用している。修理代80リ ンギット(約2400円)にビックリ。







投稿者:マレーポーロ
渋 滞

通常車が流れている時は、少々運転は荒っぽいが信号は守るし、車線変更を頻繁に行う 縫い目運転も少なく、日本とさほど変わらないが、一旦渋滞にはいると人が変わったようになる、とにかく我先に前へ出ようとする、横に少しでも隙間が有れば 車の鼻先を突っ込む、その結果2車線が3車線になり渋滞を更に加速させている。もっと凄いのは、片側 1車線の道で渋滞が起きると対向車線を走る、 運良く対向車が来なければ良いだが、大方は対向車が来て対向車線も塞ぐ状態になる、 そして必ずと言っていいくらい対向車線を1台が行くと2台3台と車が続く。こうなるとどうしようも無い状態になり誰かが交通整理をしないと収まりがつかな い。こんな状況の中に私は閉じこめられ2~300mの距離を2時間掛かった。ホントに辛抱が足りない ローカルの人達だ。対向車線を逆走しない様に幹線道路には中央分離帯があるのか?
(半可通)







Tシャツ

マレーシアは暑い国なのでTシャツがよく似合う、Tシャツは価格も安くプリントも豊富である、おもしろいプリントもあり何点 か紹介しますと背中に日本語で『私の冬服』と書いてありました。マレーシアだから出来るジョークと思いますが、日本語の判る人は何人いるのかな?
また背中に、自動車のタイヤの痕、靴底の痕、前の方に自動車のシートベルトのプリント等々ユニークな物があります、インドネシアの女の子の着ていたTシャ ツは前左上の胸の当たりに英語で(私は負けない貴方には)何を負けないと言っているのでしょうかねー。





投稿者:マレーポーロ
肥満

私が日本からマレーシアへ向かうときマレーシアへ行ったら暑くて痩せるかもねと言われ、少々肥満気味の私は痩せる気になって いましたが、食べ物が合ったのか、知らない間に日本から来たときよりも、6Kg肥ってしまいました。料理の油がいけないとか言い訳をしてみても、結論は食 べ過ぎ、運動不足、反省する事ばかり。食べ過ぎの原因は、美味しい、安い、高脂肪、マレーシアには肥満に成る要素が有るみたいで、かなりの肥満体型に出合 う。行きつけの中華キャンティンのウエイトレスも相当の肥満で、誰かが言うにはオッパイが後ろにもあると言うのでよく見ると確かに下着で締め付けられ余っ た肉が後ろに瘤のように膨らんでいた。Tシャツを着ているので更に強調され、確かにオッパイは後ろにもあった。





投稿者:K
追突注意

イミグレーション(税関)方面から車で走って来て 日本人会館前で左折するために信号を出して対向車の列が切れるのを待っている場合、後ろから来た車や単車に追突されたりする事故が多く発生しています。会 館前は片道1車線ですが、直線でもあり車も単車もスピードを上げています。この箇所で右折待ちの車の左側を追い越すスペースはほとんどありません。対向車 が多い場合はちょっと会館前を通り過ぎて、二つ隣の建物、ホテルM-Suitsへ入る右折箇所で一旦ホテルの玄関前を通り過ぎて日本人会館へ逆戻りするこ とをお勧めします。ここは道幅もあり、左側は十分なスペースがあり追突の心配はほとんどありません。




事故写真1 事故写真2 安全な右折のた めに






日本人会だより的フルーツ歳時記
~第一回 ドリアン~
  今年度新企画、フルーツ歳時記です。2005年編集員がリレーで毎月書いていきます。  
  栄光の1回目は、果物の王様“ドリアン”です。  
  小説・物語で王様といえば、聖人君子か、領民に憎まれる悪君のどっちかで、平々凡々たる王様はいませんね。これはドリアンの評価を言い得て妙ではないしょ うか?  
  Durian は、マレー語で “duri”はトゲ “an”は、『のようなもの』という意味の接尾語で、【トゲのあるもの】という意味だそうです。  
  学名は、Durio Zibethin パンヤ科ドリアン属の常緑高木。収穫期は、年に2度あり、表と言われる6~8月、裏は11月~1月になります。  
  品種もいろいろあり、果実分類ですと、D24,D99,D145等、数字で表される事が多いようです。
  味ですか?これはコメントしようがありません。食べた事がない人は、過去の人の表現から想像するしかないでしょう。経験者は、このコメントをどう思われま すか?

  この香りは、ロンドンの地下鉄の排気口の香りだ!!     (小説家ムーア)
 これは、天国の味と地獄のにおいをもつ魔性の果物      (出展不明)
 ドリアンを味わうためだけに、東方に出かける価値はある   (英国学者ウォレス)

  マレーシアでは、ジョホール・ペラクの両州が産地です。JB市内でも山積みになって道端で売っていたり、スーパーで中身だけラップに包んで販売していま す。特に、ジョホール州のSEGAMATエリアは有数の産地として有名で、JB市内から車で出かけられる人もいるようです。安くて、おいしい物が手にはい るそうです。

  ドリアンは花が咲き3カ月くらいで高木の枝になり、熟すと自然に落下してくるそうです。  
  落ちる時間は多いのは深夜から早朝だそうです。深夜大酒飲んで帰ってきた華人が自宅に植えてあったドリアンの木から落ちてきた果実に当たって怪我をして、 天罰だとか事故だとかいう笑い話の様な話が華人紙に載っていたという話を聞いた事がありますが、事実かどうかは判りません。

  アルコールとドリアン、心臓病とドリアン、滋養強壮の効果 いろいろお話がありますが、定説・俗説混じっているようですので今回はやめておきます。

  まあ、独特の風貌・味・香りからいろいろな伝説が生まれる果物であり、そのあたりも永遠の果物の王様ってところでしょうか。
(ヨークシャープディング)


フルーツ歳時記
~第二回目  スターフルーツ~





日本人会だより的フルーツ歳時記
~ 第三回 マンゴスチン ~
早川昌樹
オトギリソウ科フクギ属  Garcinia mangosutana 原産国はマレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンで栽培され、台湾南部でも結実するらしい。なかでも、タイ産はと くに品質がいいと言われているようです。

ドリアン・マンゴーと並んで世界三大美果のひとつで果物の女王といわれています。 名前はマンゴーと似ているが、マンゴーはウルシ科、マンゴスチンはオトギリソウ科なので、マンゴーの仲間ではない。

マンゴスチンの形と大きさは「小ぶりの渋柿」といった感じ。

マンゴスチンは赤茶色の分厚く固い果皮に被われており、ナイフで果実側部に切れ目を入れ、蓋を外す様に果皮をずらすと綺麗に果肉を剥き出すことがで きる。 白い果肉は5~7つの房状に分かれているが、種子は果実1個に対し0~2個程度しか入っていない。 私が食べたものの果肉の数を数えたところほとんどが5個でした。

みなさんも食べながら果肉の数を数えてみては?

果肉は透明感があり、甘酸っぱい味である。一見しっかりしているが、口の中ではとろっととろける柔らかさです。
果皮から取れる赤い樹液は染料にも使われ衣服などにつくと取れにくいので皮をむく時などは注意。

マンゴスチンは栽培が難しいばかりか、日持ちが悪く、しかも下手に加工すると果物の女王の面影がみじんも感じられないほど味が劣化するんだとか。実 際個人 で育ている人がいるそうですが、種を植えてから芽がでるまで5~6ヶ月結実まで8年から12年必要なんだとか。

日本ではミカンコミバエと云う害虫がいるため、生での輸入が規制されていいましたが、最近では蒸熱処理による殺虫試験により輸入解禁になったようで す。

因みにマンゴスチンは雌雄異株で単為結果という方法で雌木だけで実をつけることができるので、この世に存在するマンゴスチンの99%が雌の木です。 マンゴ スチンの世界では雄はまったくの用なしということですね。
以上
 

日本人会だより的フルーツ歳時記
~ 第四回 ロンガン(Longan)  ~
橋本紳司(編集委員)
  筆者が単身で当地へ赴任したばかりの頃---。  
  ローカルフード、特にトロピカルフルーツに関して、これまでの30+α年の人生の中で、全くといってよいほど馴染みのなかっ た小生にとって、その見た目の派手派手しさが視覚中枢にかなりのインパクトを与えてくれたことを覚えております。中にはかなりグロテスク(私見ですが) で、「ほんとにこれって食い物かいな」というようなものについては、「触らぬ神に祟りなし」という世の常(私見ですが)に従い、見て見ぬふりをして日々を 過ごしておりました。  
  そんな小生もフルーツ好きの妻が当地へやってきてからは、ようやくいろいろなフルーツを食するようになりました。  
  現在小生のフルーツランキングの中で、見た目・味・食べやすさなどの観点から常に上位に入るものいえば、やはりロンガンで しょうか。  
  なんといっても見た目がまとも。ランブータンのような奇妙なとげとげもなく、控えめな外観。
  味についてもスターフルーツのようなトイレの芳香剤的な味(スターフルーツ愛好家の方、申し訳ありません)ではなく、ほのか な甘酸っぱさ。そして、スイカのように間違って食べてしまうことが決してないほど、でかい種。
 
  いまさらですが、ロンガン(Longan)は漢字で龍眼と書き、乳白色の果肉からぼんやり 透けて見える種が龍の眼に似てい ることからその名が付いたようで、うまい名前をつけたもんだと少々関心。
  原産は中国南部からインドネシアへかけての東南アジアで、高さ9~12メートルの 常緑樹に実が生るそうです。
  ちなみに栄養価は下記の通りで、栄養価が高いといわれる’りんご’と比べてもまったく遜色なく、乾燥されたロンガンが薬膳の 材料として、しばしば用いられていることも納得できます。


日本人会だより的フルーツ歳時記
~ 第五回 女性の味方『マンゴ』  ~
伊相 昌治(日本人会編集部委員長)
  毎月日本人会だよりでは「フルーツ歳時記」を連載しておりますが、過去にドリアン、スターフルーツ、マンゴスチン、ロンガンをご紹介してまいりました。
  どれも各編集委員が知人、ローカルの方々、また自分たちで地元のフルーツショップをまわり情報を収集した力作ばかりでございます。
  今月は小生の担当と相成った訳ですが、誰でも、そしてどこででも目にする「マンゴ」をとりあげる事に致しました。
  この地で最もポピュラーなのは、やはりローカルマンゴ(マレーシアマンゴ)とタイマンゴでしょうか。いずれも年中口にする事が出来ますが、タイマンゴの方 が少し大ぶりですね。それ以外にもパキスタンマンゴ、オーストラリアマンゴ等がありますが、以外にあまり知られていないのがオーストラリアマンゴです。普 通のマンゴはラグビーボールを潰した様な細長い形をしておりますが、オーストラリアマンゴは丸い球状になっています。そしてこれにはシーズンがありオース トラリアの春先に収穫ができます。ローカルマンゴとの違いは形だけでは無く、皮の色が黄色に赤みがかった色をしているのが特徴で、味はアジア系のマンゴよ り甘味が強く、まさにスイートな味わいです。今ならまだジョホールにもあると思いますので少し大きめにフルーツショップを覗いてみて下さい。
  次にマンゴの栄養素をご紹介致しましょう。マンゴには多くの栄養素が含まれており、特にビタミンA(β―カロチン)とビタミンCを多く含んでいます。
  特に女性の皆様は既にご存知の方もみえると思いますが、ビタミンAは、目の疲れや肌荒れを抑え、ビタミンCはコラーゲンの生成を助け、ハリのある肌を保ち 美肌効果が期待できます。また基礎代謝を活発にして体の免疫力を高めるので、風邪を引いた時にマンゴを食べるのは有効だそうです。
この様な栄養価が高いマンゴ、いつでも手軽に手に入るフルーツですから、毎日夕食後の食卓に一皿いかがでしょうか?「マンゴ をご家族で食べながらの家庭団 欒、そして若々しいお肌も保てる」一石二鳥のフルーツではないでしょうか。
  最後にいつも美味しいマンゴが食べられるローカルレストランをご紹介致します。誰でもご存知ホリデープラザ前を少し入ったところにある「ジャンボレ ストラン」、ここのマンゴは本当に旨いです。旨いマンゴが入らなかった時は客に薦めません。未だ食されて無い方は次回是非お試し下さい。

 

日本人会だより的フルーツ歳時記
~ 第六回 ランブータン  ~
ペンネーム(マ)
  赤くてモジャモジャと毛が生えたその特異な姿から、数あるトロピカルフルーツの中でもひときわ目立つのが「ランブータン/ RAMBUTAN」です。皆さんにも馴染みが深いですよね。 名前の由来はマレー語でランブート(RAMBUT)「髪の毛」、アン(AN)は接尾語で「~のもの」という意味になり、つなげるとランブータン (RAMBUTAN)つまり、「毛の生えた物」となります。思わず「そのままやん!!」とつっこみを入れたくなりますね。(笑)
  大きさは4~5cm位の円形で、表面は赤色のゴツゴツした皮で覆われています。(この皮、見かけによらず案外簡単に手で剥くことができます。)中身は半透 明のプルッとした果肉が入っており中央には種があります。
  原産地はマレー半島、ボルネオ島ですが、現在ではオーストラリアやメキシコなど世界の熱帯地方で育っています。
  お味はといいますと、適度な甘味と酸味がバグ~ス!とってもジューシーで、ライチのお味に似ています。それもそのはず、ランブータンはライチの仲間で「ム クロジ科」に属しています。栄養素は水分がほとんどですが、カルシュウムやビタミンCが豊富に含まれています。(食べている時はそんな事は全く意識してま せんが…。美味しけりゃよいのです。)



  日本でお目にかかれるのは冷凍やシロップ漬けされたランブータンですが、ここは原産地マレーシア。7月、8月頃になると、よく道端でフレッシュなランブー タンが売られているのを目にします。ときどき、虫さんがランブータンの毛の間に身を潜めているので“ぎょ!!”とする事がありますが、ランブータンの美味 しさを思うとそんな事はどうだってよくなり、ついつい手が伸びてしまいます。はっはっは~。   それはそうと、ランブータンのジュースなるものが存在するようです。読者のみなさんで試された方はおられますでしょうか?おられましたら是非、日本人会ま で情報をお寄せ下さい。お願いいたします。

参考:http://www.muraka-vf.co.jp/syoukai/rambutan.htm




日本人会だより的フルーツ歳時記
~ 第七回 ジャックフルーツ奮闘記  ~
(KM)
幸か不幸か、食べたことのない、ジャックフルーツの記事を書くことに なってしまいました。
ともかく、ジャックフルーツて何???
インターネットで調べると、なにやらデカイ、グロテスクなフルーツでした。
それでも、トライしてみるのも経験と思い、フルーツ屋さんに行くと 今はオフシーズンとのこと(11月)。12月ならOKということで、12月24日つい にゲットしました。やっぱりグロテスク。臭いも強烈で、私の嫌いなドリアン風です。
でもここでやめるわけにいかず、一個買ってきました。
ともかく 食べる前から大変です。ドリアン風の臭いが車に染みつくし。それより大変なのが、ネチョネチョと、しみだした、果汁?まるで水飴か接着剤。一旦 どこかに付くと取れません。結局、包丁とナイフとスプーンと自分の手を日本から買ってきた、シールはがしで、きれいにしました。ほんと手強い接着剤です。

本題の味は、思いの外おいしくて、スイートでネチョネチョですが、変な臭いもなく、おいしく食べました。
それでも後始末がたいへんなJack Fruitとの奮闘でした。
ちなみにマレー語でNangkaというそうです。

 

日本人会だより的フルーツ歳時記
~ 第八回 パパイヤ  ~
投稿者:ペンネームSOY
  好評を博していました(!?)フルーツ歳時記も今回で最終回を迎えました。最終回を飾るにふさわしいフルーツとは何?と考えましたが、ここはやはり筆者の 独断のもと、大好きなパパイヤを取り上げることにしました。
  なぜ好きかって?
  まずは味。これは個人差があるのでなんともいえませんが、とにかく筆者の舌には一番合うのです。マンゴはちょっと甘すぎ、スターフルーツはさっぱりしすぎ だし、ドリアンは・・・ということで、一番合うのです。これは理屈ではありません。
  次に、栄養面から。ある研究機関によると、パパイヤに含まれるパパイヤ酵素(パパイン)は、体内の古くなったたんぱく質、脂肪、糖質を分解して取り除き、 新しい素材に置き換えるなどという効能があるのだそうです。さらに、食物繊維がリンゴよりも多く、便秘改善効果も期待できる、何をかくそう筆者もおなかの 調子が・・・と思うときにはお世話になっています。
  また、ビタミンCや、疲労回復に効くビタミンB1、肌細胞の正常な代謝に必要なビタミンB2など、ビタミン類も豊富に含まれています。実は、パパイヤとい うのは、夢のようなフルーツなのです。
  パパイヤを初め、たくさんのフルーツが、このマレーシアでは格安で食べられるのですから、みなさん、南国のフルーツを十分に堪能してください。
  ちなみに、この夢のようなフルーツを、筆者は“パパイヤ様”と呼んでおります。










              マレーシア の地名よもやま話  Kualaについて
その①

これから何回かに分けて、マレーシアの地名についての話しをしていきますが、これは筆者が独自に調べて独自の解釈をしている ものなので、必ずしも正しいといえないかもしれません。と言うのは、地名に使われているマレー語は、昔の現地人が話していた言葉を使ったものが多いよう で、辞書を引いても辞書にないものが結構多く、またマレーシア人に聞いても満足できる回答が得られないことがあるからです。また意味を調べても意味のない ものもあり、いろいろなことから想像、推理するしかないことも多いからです。このことをまず最初にお断りをしておいて始めることにします。
さて次のようなマレーの単語をご存じでしょうか。『Kuala』『Air』『Pasir』『Baharu』『Batu』『Kota』『Bandal』 『Bukit』『Ulu』等々。これらの意味を全部知っている人は、かなりのマレー語通といえるでしょう。そしてこれらからマレーシアの地名を連想できる 方がいれば、その人は相当マレーシアに詳しいマレーシア通といえます。これらの単語はマレーシアの地名を知る上で、大変重要なものであることを記憶してお いて下さい。ではまずその一つ、『Kuala』からマレーシアの地名を調べていくことにしましょう。
マレーシアの首都は『クアラ・ルンプール』、マレー語で『Kuala Lumpur』というのは誰でもご存知ですね。ここに『Kuala』という単語が出てきますが、この意味をご存知でしょうか。クアラ・ルンプールの 『Kuala』とは『二つの川の合流点』というような意味なのです。そして『Lumpur』とは『泥』を意味するマレー語。そうです、クアラ・ルンプール はその名が表すように、泥で濁ったクラン川とゴンバック川が合流する場所に建設された都市なのです。マレーシアは国土の約70%が熱帯ジャングルといわれ る国。そして泥で濁った河川が多く、泥の川が合流する場所はマレーシアのいたるところで見れる自然の地形です。このような土地にできた町に付けられている のが、『Kuala』という言葉なのです。クアラルンプールを代表として各地に『Kuala』のついた地名があります。地図で調べたところマレーシア全土 に、この名が付けられた25の市町村があることが確認できました。
その主な地名と所在地をお知らせしましょう。(下の資料参照) Kualaに続く言葉の意味も分かる範囲で簡単につけておきます。何となくその土地のイメージが湧いてくるようではありませんか。例外はありますが、 Kualaとつけば川がある町で、その川周辺のその土地の特徴がその地名の中に見つけられるのです。ところで調べていて興味ある事実を発見しました。どの 州にどの位の『Kuala』があるかを表したのが、もう一つの資料です。『Kuala』の無い州は、ジョホール州とサラワク州の2州です。面白いことに、 マレー半島の先端の地域、正確にはマラッカ市より半島先端部分ジョホールとボルネオのサバ、サラワクにはないのです。それにしてもジョホール州にも河川が 多いのに、何故『Kuala』とつく地名がないのでしょうか。不思議だとは思いませんか?
 《注釈:サバ州に1ケ所、Kuala Penyu という地名がありますが、ここに川はなく、半島(Tanjong)のような土地であることから、本来のKuala を意味するのではないと思われる。Penyuは亀なので、おそらく海亀が産卵をする場所だったのではないかと思うが、何故Kualaとつけられたのか想像 できない?? 本来ならTanjong Penyuと名づけるところと思うが、、、謎です》

この理由についてはつぎのように推理することができます。マラッカ、ジョホールはマレーシアの中で歴史の古い都市、地域。それに比べてクアラルンプールは ずっと後から出来た都市なのです。と説明すると納得できるのではありませんか。つまり、半島先端地域の地名は『Kuala Lumpur』という名前が付けられる前に既に付けられていたので、真似た名前にする事がなかった。このような歴史の差を暗に示しているのだと筆者は思う のですが、さて真実はどうでしょうか。もっとKualaのつくいろんな地名の説明をしたいのですが、紙面に限りもあるのでこの位としておきます。これでマ レーシアの代表的地名の一つ、『Kuala』について少しは理解をして頂けましたでしょうか。

≪自称マレーシア地名研究家  K.O.≫





























(マレーシア風土記 ①)


今年は閏年で7月が2回ある。即ち、太陽暦の7月25日から8月23日までが太陰暦大の7月で、8月24日から9月21日ま でが小の7月である。
当地中国系マレーシア人は毎年1回、旧暦7月の初日に地獄のふたが開いて、お腹を空かした幽霊(複数)がこの世に舞い戻って来て、地上を30日間徘徊する と信じている。中国人の多い街では、お腹の空いた幽霊が人間に意地悪や悪さをしないように、あちこちに大きな仮設の祭壇を設けて、果物や食べ物を供えま す。
又、各家の前でも初日にはろうそくで灯をともし、線香を焚いて、食べ物を供えます。
また、この期間中は結婚披露や住居の移転も「縁起が悪い」として、中国人は忌み嫌います。
幽霊がいる間はおとなしく、静かに生活するのです。従って、街中の結婚披露式場や不動産業界は閑古鳥が鳴くと言われています。まして今年は閏で2ヶ月も Hungry Ghostsが地上に留まるので、中国系商売人は商売にならないと嘆いているのを耳にしました。日本のお盆でも自宅で7月13日の夕方に「迎え火」を焚い て、先祖の霊を自宅に迎えて接待して、15日の夕方には「送り火」で機嫌よくあの世へ帰って貰うと言う風習と似かよったところがあるのが興味深いです。日 本で言う「霊」が中国では「幽霊」になっているところも又、面白いと思います。

(K)

(マレーシア風土記 ②)

月餅について

旧暦8月15日は中国3大節句の一つ中秋節です。今年は10月6日でした。中国人社会では実りの秋を祝うとともに、1年で最 も丸く、明るく輝く月が家庭の円満を意味することから、家族の団らんを楽しむ時期とされています。中秋節に月餅を食べる習慣は、中国が蒙古の支配下にあっ た14世紀、元朝末期の故事に由来します。後の明朝の太祖となる朱元璋(しゅげんしょう)の軍師、劉伯温(りゅうはくおん)が、蒙古打倒のため、8月15 日に武装蜂起を呼び掛ける紙片を月餅の中に隠し、「中秋節に月餅を食べれば疫病を避けられる」といううわさを広めます。うわさを信じた国民は月餅を買い、 8月15日に食べようとすると、月餅の中から紙片が出てきます。この呼び掛けに応じて8月15日に各地の武装勢力が一斉蜂起し、元朝を倒すことに成功し、 中国は再び漢民族の国家に戻りました。中秋節のころになると、親戚や友人、またビジネスの取引相手などに月餅が贈られ、家族や仲間と分け合って楽しみま す。中華レストランやベーカリーショップが自慢の月餅や新しい味わいの月餅を販売します。贈答品として使われる月餅は、中国では偶数が良いとされる4個入 りが定番ですが、最近はばら売りや、少人数でも楽しめるミニ月餅のほか、健康ブームを反映した糖分控えめの月餅があります。

(観光案内より(K))

(マレーシア風土記 ③)

イスラム教徒のRamadanラマダン(断食月)が終わりに近づくと
ヒンズー教徒のお正月Deepavali(ディーパバリ)がやって来る
ペンネーム:ねずみ

ディーパバリは、インドの伝説で、神の化身である英雄クリシュナが悪神を討ち取り、光が闇に、善が悪に勝利したことを祝うヒ ンズー教徒にとって大切な日である。家庭では、光明・幸運・恩恵を招き入れようと家中のオイルランプに明かりを灯してこの日を迎える。このことからディー パバリは別名「光の祭り」とも言われている。
新しいカラフルな衣装で寺院にお参りし、親戚や友達の家を訪ねたり、もてなしたりするのが習慣である。ヒンズー寺院付近では真新しいサリーに身を包み、甘 い香りのフランジパニー(白い小さな生花)の髪飾りをつけた華やかな女性達を目にする。
ディーパバリはヒンズー暦の第7番目の月の始まりで、今年は10月21日で祝日である。


(マレーシア風土記 ④⑤)

巡 礼 月
編集部(K)

本稿がみなさんの手元に届く頃は既にDeepavaliとHari Raya Puasa (断食明け大祭)の連休が終わって、ここマレーシアではそれぞれの大祭の準備と衣服の新調にお金を使って、ふところが軽くなったインド人やマ レー人が連休疲れと出費で元気を無くしている頃でしよう。それはちょうど日本の正月15日を過ぎた頃の大人たちと同じような状況かと思います。
ところで、マレーシアの次の国民の祝日はクリスマスですが、これは世界共通の祭りですので、ここでは省略します。
そこで今回は2006年12月31日(予定)はイスラム教で「ハリラヤ・ハジ・コルパンHari Raya Qurban」でマレーシアでは祝日です。Hari Raya Qurban(犠牲祭)はイスラム暦の第12月ズルヒッジャ(巡礼月)の10日目に祝われます。これはイスラム教徒にとっての義務の一つであるメッカ巡礼 の完了を祝うものです。巡礼とは聖地であるメッカを訪れることですが、ズルヒッジャ月に行われる巡礼を「Haji」と呼び、決められた期間に、決められた 作法によって行われなければなりません。ズルヒッジャ以外のメッカ巡礼は「ウムラ」と言います。日本では前者を大巡礼、後者を小巡礼と区別しているようで す。巡礼を終えた人だけが名乗ることが出来るハジと言う称号は大巡礼を完了した男性のみに与えられもので、女性はハジャと言う称号となります。
ハジを行う巡礼者はズルヒッツジャ(巡礼月)月の7日までにメッカに入り、聖モスクのカーバ神殿の周りを7回まわり、モスクに隣接する回廊を足早に3往復 半する。翌8日にはメッカの東6kmのミナに移り、ここで一晩を過ごす。翌9日には更にメッカから14km東のアラファットに行く。アラファットに足を踏 み入れることが巡礼で一番大事なこととされていて、遅くとも10日の夜明けまでに到着しない場合は、巡礼自体が効力を失ってしまう。この夜はアラファット とミナの中間にあるムズダリファアで過ごし、10日にはミナで悪魔の象徴である石塔に石投げをして、犠牲の家畜を捧げる。その後、メッカに戻り、カーバ神 殿の周りをまわります。最後の儀式は再びミナで石投げをする。犠牲祭と言うのは大巡礼の完了時に行われる家畜を犠牲として捧げることに基づくものである。
犠牲祭は世界中のイスラム教徒の間で祝われています。マレーシアのイスラム教徒の村々では牛が「とさつ(―殺すこと)」されて、貧しい人々へ牛肉が振舞わ れます。
メッカへのハジを終えた人々が尊敬されるのは総てのイスラム教徒が参加できる訳ではないからです。マレーシアから巡礼に行くことは経済的にも大変です。 20年前位の旅費は約RM3,500と聞きましたが、現在はRM9,000前後とのこと。
巡礼を希望するイスラム教徒の為にマレーシアにはタブン・ハジと呼ぶ積み立て制度があります。
巡礼資金が貯まったとしてもハジに参加できるとは限りません。人口80万人のメッカでは一度に受け入れられる巡礼者は300万人なので、巡礼者の数は毎年 その国の人口1,000人に一人として1カ国に割り当てられています。
従って、この時期にハジを終えて、地元の空港に降り立ったハジやハジャは大きな任務を終えることが出来た大変幸せな人達です。

以上

(マレーシア風土記 ⑥)

旧 正月の行事
編集部(K)

調べたところでは、中国で新暦(太陽暦)が使われるようになったのは辛亥革命(1911年)の後です。中国では新暦の1月1 日を「新年」、旧暦の新年を「春節」と呼んでいます。「春節」は漢民族だけでなく多くの少数民族にとって一年中で最も大切な祝日です。今回はここマレーシ アに住む中国人も先祖代々守っていると言う旧正月の行事について簡単に説明したいと思います。

1. かまど祭り
昔から中国人は台所にはかまどを司る神様がいるとしています。この神様は毎年師走の23日に天に登って玉皇大帝にこの家の過去1年間の良し悪しを報告しま す。悪いことをした人は寿命を縮められるとのこと。そこで人々は台所に砂糖など甘いものをたくさん供えて、かまどの神に食べてもらって、大帝にはいいこと のみを報告してもらうことを祈願します。(これはいわゆる買収ですね。)
2. おせち料理
1年のなかで一番豪華で美味しい料理は大晦日の夜に食べる「年夜飯」で、基本的に家族だけで食べます。家族の誰かの恋人がその席に呼ばれたら、その彼又は 彼女は相手の家族の一員として認められたことになるようです。
料理は地方によって違いますが、中国北部では餃子、南部では餅です。魚も欠かせません。「魚yu」は余と同じ発音で、カードに書かれることの多い「年年有 余」は「年年余りが有りますように」と言う祈願につながるもの。
3. 春聯
中国独特の文学形式の一つとして「対聯(トイリエン)」と言うものがあります。字数、音節、品詞も同じ二つの文字が対になる体句です。2枚に書き分けて入 り口や壁などに左右に分けて貼ります。春節に貼るものを「春聯」と言います。旧正月前に「福」と書かれた字を、それも「福」の字を逆さにして貼ります。 「倒」と「到」は同じ発音で、これは「福が到来」するように祈願するのです。
4. 年始回りとお年玉
年始回りの挨拶は皆さんご存知の通り「恭喜發財gong xi fa cai(儲かりますように)」です。これに黄金色をした福桔(大吉を意味する)2個を上げます。オレンジは駄目です。相手も同じように福桔を2個渡しま す。
子ども達は恭喜發財のあとに「紅包拿来hong bao na lai」(お年玉頂戴)と言います。子供にあげる紅包(アンパオ)はRM2からで、その上はRM4で、偶数でなければなりません。マレー人にアンパオをあ げる場合には、袋を赤色から、グリーンに変えてあげると喜ばれるようです。又、金額も中国人の場合のように偶数ではなく、奇数の方がいいとされています。 アンパオの対象となる人は子どもだけでなく、まだ結婚をしていない人、それに世話になったメイドさん、スクールバスの運転手さん等のようです。


(マレーシア風土記 ⑦)

JBのチンゲイ・パレード
(Chingay Festival)

当地ではYou Sheng(遊神)と呼ばれているチンゲイ・パレードを見物に出掛けました。 今年のパレードは2月10日(土)の夕方午後7時30分頃から始まりました。私がパレードを見物したのはHyatt Hotelの横を走るJalan Lingkaran Dalamとその後方のJalan Yahya Awalが交わる処の交差点で午後6時30分過ぎから待ちました。
遊神は市内の5つの寺院に祀られている5つの神様(仏様?)が年に一度だけお寺から出て3日間だけの気晴らしをするというものです。5つの神様は、客家、 広東、海南、福建それに潮州それぞれの信者の神様です。神様は1台300キロもある台座の上に鎮座して、信者に担がれて街を練り歩きます。信者はそれぞれ の神様が自分の前を通ると合わせた両手を高く上げてお祈りをします。神輿の後には太鼓、鐘、きれいに飾りつけた台車、ライオンダンスやドラゴンのダンス、 各種曲芸が続きます。今回はスペースの関係でここまでにして、来月号へと続けます。

(編集部 木村秀美)

神様の乗ったおみこし(?) 勇壮でカラフルなドラゴン 春の到来を祝う山車(だし)


(マレーシア風土記 ⑧)

JBのチンゲイ・パレード(Chingay Festival)
(前号第137号より続く)
編集部 木村秀美
午後7時30分頃から5つの神様達のパレード(巡行)が始まる前には、 警察が交通を遮断をして、道路は人、人、人の群れでした。道路サイドには飲み物やスナックを売る店も出ていました。特にバイクの荷台に商品を入れた箱を載 せてアイスクリームを販売していた移動式(?)出店に人が集まっていたのが目につきました。
休む間もなく次から次へと繰り出すお神輿、日本で言うところの「出し、だんじり(山車)」、それに続く演技者や信者(?)、パレードのしんがりは信者 (?)で、それぞれ線香を手にしてついて行きました。
見物人の子供達のお目当ては、山車に乗った人たちが参加者に配る飴にあったようです。ポケットを飴で一杯にして意気揚々と引き上げる子供達の顔は一様に喜 びで満ち溢れていました。
パレードの最後尾が通り過ぎたのは午後10時半頃でした。私はパレードのスタート地点で見物しましたが、市内の中央会場では深夜遅くまで太鼓と鐘が鳴り響 き、祭りは続いたようです。
それにしても、今回の経験でJB市内にこれだけ多くの中国人がいることを思い知らされました。新聞報道では10万人と発表されていました。
ジョホール滞在中に一度は参加して、経験して置きたい地元のイベントの一つでした。尚、当日は汗拭き用の大きなタオルと1.5リットル入りの水入りボトル が必携品です。
以上


見物人で一杯 アイスクリーム販売のおじさんは忙しい 山車
可愛いライオン達 いかつい顔の神様(?) イノシシの年
イルミネーション付ドラゴン 一番大きかったドラゴン 祈りを奉げる人々
色とりどりのライオン 群集の頭上に跳び上がるライオン 広西桂林の山車
ちょうちん一杯の山車 山車の最後にゾロゾロついて行く人々 カネ、タイコ、ドラムの山車

(マレーシア風土記 ⑨)

 ドリアンのシーズン到来② 

今回は木村流美味しいドリアンの選び方を読者の皆さんに伝授したいと思います。一般の商品でも同じことが言えますが、《ブラ ンド物》を選べば先ず後悔はしません。
マレーシアで一番人気があるのは(特に日本人)D24(別名Sultan of Durianとも呼ばれています)。実は大きく、クリーミーな食感と甘みと程よい苦味が売り物です。D24の主な産地はパハン州とのこと。ドリアンを初め て食する人でも抵抗の少ない種類です。
次にD17で、甘みも苦味も控えめなドリアンです。食感はクリーミーです。その次はドリアン界のニュースターで猫山王(ミャオシャンワン)と言う種類に最 近人気が集まっているようです。ドリアン通によれば甘いものより苦いものがうまいとされています。鮮やかな黄金色をした小ぶり実は甘みよりも苦味の強い種 類とのこと。私は残念ながらまだこの猫山王を食したことはありません。
その他にペナン産の紅蝦(Red Prawn)葫蘆(Horlor)も美味しいです。ジョホール州ではSegamat産のドリアンが当たりはずれが少なくなく、美味しいとされています。
ドリアンは「一度食べて美しくなければ、今一度トライしてみなさい。それでも駄目なら、あともう一回だけトライしなし。」と言われています。これを実行す れば必ず好きになれます。
今回はこのぐらいにして、次回は実際に果物を手にしてどのようにして美味しいドリアンを選ぶ秘密を披露します。ご期待下さい。

木村秀美

(マレーシア風土記 ⑩)

 ドリアンのシーズン到来③ 

今年は天候の関係でトリアンは不作とかで、街中でリヤーカーや軽トラックの荷台に果物を山積みして、通行人に「ドリアンはど うか」と声を掛けてくる販売人の出現も多少遅くなりました。でも、彼らは6月終わりごろから今年も街に戻って来ました。

さて、今年は味がいまひとつですが、値段の方は昨年より高くなっています。処で、ドリアンの数え方はBijiで、1個丸ごと の果物をSatu Bijiと言います。シーズンも終わりに近づくと、価格を表示した段ボール製急造看板に「Satu Biji RM5」(1個RM5)と書かれています

チョッと寄り道をしましたが、今回はドリアンの見分け方をお教えする約束でした。

人には教えたくない美味しいドリア ンの 見分け方
1. 果物のおしりの部分で香りの強いもの。タイ国産は殆ど匂いがなく、マレーシアの   ドリアンを食べた人には物足りません。
2. 果実部が熟れているもの。オジサンに皮を一部削いでもらって、クリーム状で表面   につやがあり、耳たぶより少し柔らかくて、弾力のあるもの。
3. 手で振って、ずっしりと重みを感ずるもの。かすかにカタコトという音がするもの。果肉が充分に発達している証拠です。
4. 一番美味しいのは、人によって好みは変りますが、私自身は早朝に収穫したもので、数時間が経過したものが好きです。

一度試して見てください。尚、道端の出店で買う場合には、オジサンと「先ず1キロ幾ら」と値段を決めて、「品質の悪いものは払わない。」とハッキリ言うこ とが肝要です。テスト付きの場合は多少高いです。その後で上述の手順で美味しいものを選んで下さい。一般的言って、「D24」は果実の粒が揃っていて、当 たりはずれが少ないようです。選択に失敗したら、再度トライして下さい。それで駄目ならもう一度。何事も勉強ですぞ!!


↑試食会をやりました。日本人会だより編集委員の中にもドリアンに取り付かれそうな人が2~3人いました。
木村秀美





(マレーシア風土記 ⑫)

当地の中国系女性をお嫁さんに貰う時に義母になるお姑さんから貰う
「四点金」について

最近中国系マレーシア人の友達から興味深い話を聞きました。他の中国系男女にも確認しました。 中国人社会では近く姑になる 新郎のお母さんはお嫁さんになる女性に「四点金」なる贈り物をすると言う伝統的な習慣があり、これは現在でも続いているとのこと。その四点金とは総て金製 で:

①イヤリング

②ネックレス

③ブレスレット

④アンクレット

の四品です。この四品にはそれぞれ意味があります。①は耳を使って義母の言うことをよく聞く こと、②は心の中に隠しごとをしないこと、③手を使ってよく働くこと、そして最後の④は自由に あちこちへは出るのを防ぐ為の足かせです。地域によっては この四品のほかに金の指輪でもいいそうです。

以上の通りこの四つは普通の人間として厳しい条件です。戦前日本でもこれに似た道徳教育が行われていましたが、贈り物それぞ れの意味を理解して嫁ぐ女性や、嫁いだ後にこのことを実践している 女性が現在どの程度いるのかを確認するのは残念ながら聞き忘れました(?)。

木村秀美





ペンネーム:川端柳

 JBに来て、最も印象の強かったことは、蛍狩りです。学生時代柳生の里に行って道を間違い、夜道を歩いていて、ひとつ、ふ たつ・・と、飛ぶ蛍をみて、感動したとき以外、蛍をみたことがありませんでした。しかし、蛍を幼少時代見て育ったとおっしゃる方でも、一生涯をかけて、こ れほどの数の蛍をみることはないでしょう。
手のひらを広げた15cm四方の中に10匹は乗るほどの高密度です。クリスマスツリーという表現をあちこちでみますが、まさにその通りです。点滅も、ハイ ビートです。うちわと捕獲用のペットボトルを持って行けば、2~5日ほどは生きていて、暗い部屋でも楽しめます。もちろんエコロジーの観点から、狩っては いけませんが・・・。JB螢のすごいところは、一年中いつでも見ることが出来ることです。
 コタティンギは空が暗いので、星が綺麗に見えますが、出来れば月が明るくない新月や三日月の時、または月の出の遅れる下弦の月の時期で雨上がりを選んで ください。5、6、7月ならば、南十字星も見えます。
満天の星を仰ぎ見て、目を岸辺に移せば、星と同じに瞬く蛍。川面を横切って飛ぶ蛍を目で追えば、もう、蛍も星も判らなくなってきて、波に揺られて、陶然と ひとときを過ごします。このたびの水害で、ゴミが流れ寄せられたり、木が倒れたり、ダメージがあったようで痛ましいことでした。貴重な観光資源を守るため にも、JB人として行ってあげましょう。
客人をお連れしていると夕食が困るのですが、ボート乗り場の入り口の海鮮中華料理店(柔佛河淡水魚蝦海鮮園)は、きたならしくヤモリがあちこちに遊んでい ますが、思いの外おいしいので驚きます。淡水蝦の酒蒸しや薬材鶏がお奨めです。
行き方はとても簡単。テブラオハイウエイ(3号線)をまっすぐコタティンギに向かい、最初のコタティンギへの分岐点を更に直進して、4kmほど行ったとこ ろで橋を渡って1kmほどの左側に海鮮中華料理店があり、そこを入るとその奥に亜成哥打螢火村の看板があります。その奥にボート乗り場があります。この場 所を通り過ぎて1km弱の所が大きな交差点で、右折すると92号線のデサル方面へのアクセスとなります。ここまで来てしまうと行き過ぎということになりま す。ボートは相乗りで、RM15/人です。人数がまとまれば貸し切ることも可能です。船は左舷の席(進行方向左側)がお奨めです。螢の点滅に感激して写真 を撮りたくなりますが禁止です。撮ったとしてもボートを停めてフラッシュを切って長時間露出等の高等テクニックを使わなければこの感激を捕えることはでき ません。幽玄の世界を生で味わっていただけたらと思います。
 ところで、南国の螢は日本の源氏ボタル(約15mm)と比べてカブトムシ等の昆虫のことを考えて類推すると、もっと大きな虫と想像されますが、「ファイ アーフライ」とはよく言ったもので、蝿と蚊の中間位の大きさで、点滅の間隔は1秒以内で忙しいイルミネーションです。日本の源氏ボタルは関西と関東で点滅 の間隔が違って2秒と4秒だそうですが、田舎の清流近くを漂う幻想的でゆったりとした世界とは異なります。螢は世界では2,000種以上いて、日本では 20種程度だそうですが、機会があれば世界中の螢探訪も楽しいかも知れません。
 昔は満天の星のごとく点滅していた螢の木が、最近田舎に帰ってもその光景が見られなくなっているとローカルの人が言っているのを聞きました。何年か後に コタティンギの螢も色褪せてくるのではと 思うとやるせなさを感じます。折角のJB在住の機会に訪れてはいかがでしょうか。


当地で日本からの来客者に人気のある観光名所としてKota TinggiコタティンギとDesaruデサルの蛍見学があります。日本人会HP編集委員のYさんが、先日先の大洪水で大変な被害の出たコタティンギの蛍 見物に行って来ました。
Yさんは洪水の後で蛍