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あなたもまた狙われていますよ(No.6)
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木村秀美(安全対策担当理事)
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| フイリッピンと言えば本当のフイリッピンを知らない普通の日本人は先ず『治安が悪くて危ない国』、『日本の暴力団員が街中をうろうろしていて殺人は日常茶飯事である』、『女性がやさしくて男性の天国』等々、悪いイメージをもっているのが普通であります。私も1981年まで約5年間家族とともにマニラで生活をしましたが、フイリッピン人の性格は底抜けに明るく、困った人の面倒は親子、兄弟、親類,知人、隣人の区別なく面倒見が良いと言うことを強調したいと思います。今回はこれを私共が実際に経験した事件ですが明るいレポートをします。 | ||
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| これは今から約5年前、会社の日本人の同僚とマレーシア人の営業部長(中国人)を伴ってフイリッピンに出張したときのことです。時は3月頃だと記憶しています。マニラ国際空港はいつもの風景のことながら出迎えの人達でごった返していました。マニラはこの時期は乾季で気温は摂氏35度近辺でとても暑くてマレーシアの気候に慣れた私共でも汗が滝のごとく吹き出ます。人込みとこの暑さは、初めてマニラを訪れた日本人が先ず経験をする強烈な第一印象です。私共は入国審査を終えて、タクシーに乗るべくゲートを出ましたが、我々の荷物を車まで運んでチップを貰おうとする大人や子供に取り囲まれ、立ち往生してしまいました。そこには荷物用のカートはありませんでした。やっとのことで、車に荷物を積み込み,私達も乗り込みました。予約していた日系のホテルに着いて,荷物を降ろしている時同僚が自分のアタッシュ・ケースが無いことに気が付いて,彼と中国人の営業部長は車を降りずにそのまま急遽飛行場に引き返しました。 | ||
| 一方私はホテルから空港の遺失物センターに電話を入れてこの遺失物の届け出がないか 尋ねましたが,無いとのこと。その内に空港に戻った二人からの電話では空港で警察に届け出て、探してもらったが見つからなかったのであきらめてこれからホテルに向かうとのこと。それからしばらくして、マニラ空港の警察からホテルに照会があり、そこにマレーシアから来た日本人が泊まっている筈とのことで私の部屋にその電話が回されてきました。電話の警官の話では彼がたまたま通りかかったタクシー乗り場にアッタシュ・ケース一つがポツンと残っているのを発見、中を見て私共の会社案内書があったので、マレーシアへ国際電話を入れて照会したら、このNホテルに泊まることになっているとの返事で、ここへ電話したとのこと。しょげかえってホテルに戻ってきた同僚はカバンが見つかったことを知って大喜びで早速空港へ戻り、置き忘れたカバンを無事取り戻したのでした。 後で知ったことですが、このカバンの中には航空券・米ドル・日本円それに日本での銀行定期預金証書とその印鑑が入っていたとのこと。 航空券や現金は分かりますが、定期預金証書と印鑑には驚きましたが、なぜ彼がこれらをカバンに入れていたかの理由を聞かされて私も納得しました。 | ||
| 本人は単身赴任で日本には義理の両親、奥さんと子供を残していました。日常の生活を節約して少しづつ貯めたお金をある程度のまとまった金額になるまで定期預金にしていたのでした。これにはご本人が父親の不幸で日本へ一時帰国した時に押し入り強盗に入られ、雇っていた女中は手足をしばられ、持っていた現金を全部持ち去られたと言う苦い経験から、彼は出張の時は家には現金・貴重品は置かず、必ず持ち歩いていたとのことでした。 本人にそれ相応のお礼をしたかと尋ねると、『木村さんが日本人はチップを遣り過ぎる』と言われていたのでホテルのボーイにあげる程度のごく小額のお礼をしたとのこと。原則は原則ですが、この場合のようなケースでは現金と預金証書などの貴重品が戻ったのだから、もうちょっとはずむべきだったのではなかろうかと話した次第です。 | ||
| 私自身も最初はこのカバンは出てこないと判断していましたので、フイリッピンにもこのような正直で親切なる警察官がいることを知って、ますますこの国の人達を好きになった次第です。 | ||
| <<<教訓 | ||
| 海外でも大変お世話になった人には、それ相応のお礼をして感謝の気持ちを表しましょう。>>> | ||
| 次回はオランダでの置き引き事件に就いてレポートします。今度はどんなへまをやらかしたでしょうか、楽しみにしてお待ちください。 |